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唐津の産婦人科医のブログ




佐賀県唐津市の産婦人科、たなべクリニック産科婦人科院長たなべりょうへいが日々感じたことを率直にお届けするブログです。


>>たなべクリニック産科婦人科   >>今日のよか

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 「エレベーター」

        『ありがとうございます』とご婦人。
        「いいえ・何階ですか?」と私。

        私は・エレベーターの「閉じる」ボタンを
        押そうとした瞬間・駆け寄る人影に
        とっさに「開ける」ボタンを押す。

        「今日は・お天気良かったですね」と私。
        『そうですね・でも夜はまだ冷えますね』と
        ご婦人。

        見知らぬ方とのエレベーター内の
        僅か数秒の会話。

        先に降りたその方は・軽く私に会釈をして
        立ち去る。

        私も・少し微笑んで・会釈。

        少し・いい気分。
        ちょっと・幸せな気持ち。

        「閉じる」ボタンのないエレベーターがある。
        「開ける」ボタンしかないエレベーター。

        最初・戸惑う。
        でも・次の瞬間・ボタンを探す自分がおかしい。

        ドアの開いたままのエレベーターを
        一秒でも早く閉めようとボタンを探す。

        ドアが閉まるまで・僅か数秒の待ち時間の
        はずなのに・慌てて・ボタンを押そうとする。

        僅か数秒急いで・何の得?

        「閉じる」ボタンのないエレベーターからの
        無言のメッセージ。

        閉まり掛けたエレベーターの
        ドアが閉まり・乗り遅れる。

        「もぅう~・開けてくれればよかったのに~」
        と不機嫌な私。

        次のエレベーターに私は乗る。

        駆け込みの人が見える。
        「閉めちゃおうぅ」と不機嫌な
        私のこころが思う。

        ”ちょっと気分悪~い”の連鎖。

        その連鎖を断ち切り・私は・不機嫌な私と
        戦い「開ける」ボタンを押す。

        『ありがとうございます』

        一瞬にして・私のこころは
        はっぴぃモードとなる。

        自分が不快に思った事は
        自分で断ち切り・連鎖しない。

        「閉じる」ボタンのないエレベーターは
        教えてくれる。

        ささやかなハッピィの連鎖を。

        your happy my happy.


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 「一期一会」

        私は・ソフロロジー法の日本での普及のために
        全国各地を廻り・講演活動を続けています。

        新幹線に乗り・飛行機で飛び・電車を乗り継ぎ
        おそらく・講演に呼ばれなければ
        自身では・一生行く事のないであろうと
        思われる土地・地域へと出向く事もあります。

        そこには・多くの出逢いが・あります。

        私にとって・出逢いとは「一期一会」。

        「出逢うべきして・出逢う」
        「出逢いに偶然なし・全て必然」

        私は・そう考えるのです。

        ある一人の助産師さんとの出逢い。

        彼女も・私と出逢うべきして・出逢った 
        のかも知れません。

        彼女の熱意と信念。

        助産師として・人として
        生命の尊さに畏敬の念を抱き
        母と子の絆を深めるために
        助産師としての一生をかける。

        私は・いつも・講演の最後に
        受講者の方々に・ひとつお願いをします。

        「みなさん!私一人で・全国の
         お母様方の母性を育む事は出来ません」

        「どうかみなさん!みなさんの眼の前にいる
         お母様方の母性をあなたの力で育んで下さい」

        彼女は・私の知らない土地で
        今日もまた・彼女が出逢うお母様と
        お腹の中の赤ちゃんを・熱意と信念を持って
        サポートしている事でしょう。

          出逢いに感動。

          同志に感謝。

 「無縁坂」

        1975年発表のさだまさしさん作詞作曲の名曲。

        昨日テレビにご本人が出演され
        楽曲を披露されていた。

        17歳・クラシックバイオリンに挫折した
        彼は自身を見失う。

        その後の人生を憂い・苦悩する。

        まる投げした人生。
        45歳の自分にまる投げ。

        「そうだ!好きな事をやろう・・」

        45歳になるまで・自分のやりたい事を
        やろうと決意。

        そうやって、書き始めた詩・曲。

        彼は・45歳の自分に向けて書き続けた。

        無縁坂・コスモス・主人公・・。

        若くして手掛けたストーリー性の強い彼の詩は
        未来の自分自身へのメッセージでもあった。

        45歳になった。
        「そうだ!返事書かなきゃ・・」

        45歳を過ぎ・17歳への自分への楽曲を
        作り始めた。

        かささぎ・・。

        10代の多感な時期に・40代の大人に
        なっている自分への想い。

        大人になった自分が・若きあの頃の
        自分への回想。

        10代・あなたは・何を想い・何を感じ
        生きていたのでしょう。

        大人になり・あなたは・何を学び
        何を得たのでしょう。

        あの頃の自分へ・あなたは
        どんなメッセージを送りますか?


 「産科医としての私」 

        私は・赤ちゃんが大好きで
        産婦人科の道を選びました。

        大学卒業後・大学院に進み
        胎児の研究をしました。

        大学院卒業後も・胎児新生児を
        専門に勉強させて頂きました。

        未熟児センターでの勤務医時代は
        とても多くの事を学びました。

        センターでは・24時間体制で
        赤ちゃんの緊急な状態に対応していました。

        昼夜を問わず・赤ちゃんと向き合う日々。

        よって・仕事は・とてもハードなものでした。

        お昼ごはんを・夜10時頃に食べ
        夕食は・夜中の3~4時に摂っていました。

        よって・何故・同僚のみんなが
        食事に「麺類」を注文しないのかが
        勤務しみて分かりました。

        当直の際は・一睡も出来ない忙しさ。
        当直が明けて・そのまま
        日中の勤務が続きました。

        仮眠は・ベットではなく
        椅子を並べて寝ていました。

        あまりの忙しさ・寝不足に
        お恥ずかしい話ですが・トイレに座ったまま
        居眠りした事もありました。

        それでも・とても充実した日々でした。

        同僚の医師や看護スタッフと語らい
        深夜仕事が明けて・帰宅せず
        朝まで飲み明かして
        出勤した事もありました。

          若さと熱意。

        私にとっては・とても貴重で
        有意義な時間でした。

        たくさんの生命と向き合い
        言葉発せぬ赤ちゃんたちから
        多くの事を学びました。

        命のスタートに立会い・関与できた事は
        私にとって・尊い宝物なのです。

        1000gに満たかった・あの赤ちゃんが
        今では成人しています。

        彼らとの出逢いは・私の産科医としての道に
        多くの道標を与えてくれました。

        物言わぬ赤ちゃんたちは・実は
        多くのメッセージを私たちに送っています。

        それを教えてくれた・あの子たちに・感謝。

        出逢えて・ありがとう。


 「私の勤務医時代」

        私は・どんなお仕事も大変と考えます。

        どんなお仕事も尊く・必要と思います。

        私のクリニックにも
        様々な職種のスタッフがいます。

        どの部門・部署の業務も・クリニックには
        欠く事の出来ない大切な仕事です。

        自身の仕事・業務に誇りを持ち
        プロ意識を持つ事の重要性を
        私は・常にスタッフに説いています。

        私自身もプロ意識を持ち
        自身の仕事に誇りを感じています。

        医師としての仕事は・私の適職。

        母と子の絆を第一に考えるソフロロジー法の
        日本における普及活動は
        私にとって・天職と考えます。

        私の医師としての歴史があります。
        勤務医時代もありました。

        当時・離島の小さな診療所から国立病院まで
        様々な病院に勤務しました。

        独身であった私は・病院の敷地内にある
        医師専用宿舎で生活を送っていました。

        正直・悲惨な生活環境でした。

        築ウン十年のボロアパート。
        お風呂はありません。

        当時・宿舎生活を送っていた勤務医数名で
        病院に嘆願して・お風呂を作って貰いました。

        念願叶って・お風呂完成。
   
        喜んだのも束の間。
        
        敷地内の雑草の生い茂る中に・ぽつんと
        建っている開放感溢れる露天風呂スタイル。
        小さな屋根がちょこんと・ついているだけ。

        四方から丸見え。

        それでも・ないよりましと・雨の日も
        風の日も・そして・雪舞うあの日も
        寒さに震えながら・宿舎から
        風呂小屋まで・ダッシュで入浴。

        お風呂に入ったばっかりに
        風邪引く若手ドクターが続出。

        また・ある日・突然「ドスン!」と大きな音。

        宿舎2階のトイレの底が・突然抜けて
        1階の宿舎へ便器ごと落下。

        幸い・怪我人はありませんでした。
        しかし・1階の住人は・その瞬間・まさに絶句。

        テレビドラマで見るような・華麗な生活とは
        地球規模ぐらいの大違い。

        今では・懐かしい思い出ですが・・。

        現在・後輩のドクターたちの宿舎環境は
        以前よりかは・改善されたようです。

        世間では・産婦人科のお医者さんの激務が
        取り立たされています。

        実は・プライペートの実態も悲惨である事を
        知って頂きたい心境です。

          医は仁術なり。

        高い理想と信念を持って・多くの医師は
        日々の診療を行なっていると私は・感じます。


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